京都文学賞 01

京都に着いたら、まず、行く場所がある。

 

先斗町の先っぽにある、

 

古民家を改築した、

 

不思議な本屋さん。

 

その本屋さんには、

 

マスミさんという女性がいて、

 

美味しいカレーとコーヒーを出してくれる。

 

ホホホという不思議な暖簾がかかった

 

その本屋さんの中に入ると、

 

真夏の蒸し暑い時でも、

 

いつもひんやり涼しく、

 

どんなに寒い冬でも、

 

いつもぽかぽかしている。

 

井戸の水は、

 

夏ほど冷たく、冬ほど温かい、

 

って、子どもの頃、おばあちゃんから教えてもらったのだけど、

 

そんな訳ないだろうとか、

 

なぜそうなるのだろうか、

 

とか、そんなこと一切思わず、

 

ただただ、おばあちゃんの言葉を受け止めて、

 

そういうものなのかぁ、

 

井戸というのは便利なものだなぁ、

 

とだけ思っていた。

 

この本屋に入る時はいつも、

 

そんなことを思い出しながら、

 

カレーとコーヒーを注文する。

 

コーヒーは、一杯ずつ豆を挽いて、

 

ドリップしてくれる。

 

その作業の邪魔にならないように、

 

本の棚を見つめているふりをしながら、

 

真剣にコーヒーを淹れるマスミさんの仕草を眺めていた。

 

コーヒーをミキサーで挽くと、

 

それだけで店内に芳ばしい香りが広がる。

 

壁にかかったレコードのジャケットを見ながら、

 

店内にかすかに流れるジャズを聴いて、

 

コーヒーができるのを待つ時間は、

 

今自分は京都にいるのだということに、

 

体で感じるのにちょうど良い時間であった。

 

壁にかかった檸檬の木に、

 

猫のアクセサリーがぶら下がっていて、

 

外の光がかすかに反射して、

 

真鍮の柔らかい色が目に入った。