会社員の思い出 #02

#02 『歓迎会にて』

 

研修を終え、配属された課で、歓迎会、が開かれた。場所は、会社の近所の、お刺身が美味しい店で、課長の行きつけのお店。

 

初めての歓迎会、どう振る舞おうか、悩んでいた。もともと、自分が主役の飲み会とかが苦手で、誕生日会も今まで避け続けてきた。仲間とファミレスや喫茶店で何時間も喋り続けるとかは得意だけど、儀式的な大勢での飲み会は、それぞれの話題に対応するべきでもないし、深い話をしたいわけでもない、何のために集まったのかわからない気がして、その不安定をありきたりの話題で埋めることに納得できないし、テレビとかの影響で、恋愛とか下ネタとか、普通に考えたら恥ずかしくて他人に言わないようなことを無神経に言い合って楽しむ感じとか、後日、そのことを自分にも他人にも酔っていたことを口実に許し合う、いざという時は何の頼りにもならない絆がゆるく結んであることを確認する感じが不毛だ。そんな作業を、これから一緒に働く人たちとするってなると、うーん、という感じ。

 

仕事が終わって、みんなでお店に移動する。歩いている最中に、どういう感じで振る舞おうか考える。課の人と喋るのは苦手ではない。ただ、さっきも言ったけど、飲み会、という形式が苦手なのだ。他人の表面的な事ばかりを気にかけながら、ビールをついだり注文をとったり、様々なやりたくないことが飲み会には潜んでいる。好きに飲んだり食べたりして、好きな話をすればいいだけなのに。それぞれの立場を守ったところで、面白いことはできないだろうよ。面白いことをするためにこの会社に入ったんじゃないのか・・・。

 

そんな、マイナスな事ばかり考えていたら、肝心の振る舞い方についての正解を見つけられないまま、お店についてしまった。僕はいつもそうだ。嫌なことがあった場合、その嫌なことの理由を分析することに必死で、一向に対策を立てようとはしない。なぜ嫌なのかの理由を考え続け、自分を正当化しようとしているだけなのだが、だったら欠席すればいいわけで、あるいは、自分が正しいと思うことをすればいいんだろうけど、どこか踏み切れず中途半端にうだうだやっている。そうやって、大学の苦手な授業の単位を落としまくり留年してしまったし、就活もそんな感じだった。思い切って退学すればよかったし、就職だってしなくても良いのに、どこか踏み切れずにうだうだしてしまう。その原因は、親や世間の目を結局は気にしているということで、つまりは、自分に自信がない、自分というものの存在意義が自分ではわかっていない、ということで、世間の漠然とした目に自分の存在を認めてもらおうという甘え考え方をしているからなのだろう。

 

そんな中途半端な態度だから、今回も、苦手なことに無防備で臨む、といういつもの失敗パターンを忠実に再現してしまったわけで、あなたなら、まずそこだろー、と思うところでいきなりつまずいた。新人はどの席に座るべきなのか?という当たり前過ぎて普通の人なら無意識のうちに解決してしまうような、とてもとても小さい障害物に、いきなりつまづいたのである。

 

お店を入って右はカウンター、奥は座敷となっていて、残りの空間を埋めるようにテーブルが配置されていた。僕らの席は、カウンターの左側、座敷と入り口のちょうど真ん中あたりに予約されていた。

簡単にすると、以下のような感じ。

 <座敷側> 

 A B C   

 D E F    

 <入り口> 

さて、まず、どこに座るのが正解だろうか?

注文も取りやすく、入り口にも近いから、F、だという人多いと思う。更に言えば、いきなりFに座るのではなく、Aに課長を誘導し、みなさんが座ったのを確認してから、Fに座るべきだと考えるだろう。

 

だけど、僕の思考は違っていた。 

これは僕の歓迎会であって、僕がいなければ開催されなかった、つまり、僕が主役。

主役はどこに座るべきだろうか?主役は一番奥の席に座るべきだろう。

しかも、主役がいつまでも座らないと周りも困る。

だから、迷わず、Aの席に座るべきである。

 

そんな考え方をしてしまう新人のことを、ゆとり世代、と呼ぶのかもしれない。

でも、僕としては、論理的に完璧だし、みんなが褒めてくれるだろうとさえ思って、自信満々に座ってからあたりを見回すと、全員が唖然とした顔で僕を見ていた。他のテーブルや座敷では別の飲み会が行われていて、ガヤガヤと熱気溢れた空間の中で、僕らのテーブルの周りだけは、僕が一人だけ座っていて他の人は戸惑いの表情で立ち尽くしているこのテーブルの周りだけは、冷たい静けさに包まれていた。

 

予想外の反応に、あれ、おかしいな、と僕は思ったけど、なぜなのかは、わからなかった。なぜ、みんな席に着かないのだろう。どうして、みんな、黙って立っているのだろう。早く歓迎会を始めましょうよ。いや、逆に、そういうサプライズなのか?新人の僕を試しているのだろうか。

 

お互いがお互いの腹の中を探り合う、そんな静かな時間の中で、課長が意を決して、僕の行動の理由を聞いてきた。僕は待ってましたとばかりに、ちょっと前にこしらえた今思えば屁理屈のような、でもその時は見事だと思っている思考を、さも新しい物理法則を発見した科学者のような態度で、自信ありげに説明した。

 

すると、目の前で新人が起こした不可解な事件の真相がわかった安堵感と、ヤバイ奴がうちの課に入ってきてしまったという戸惑いの気持ちが入り混じった、乾いた笑いが起こった。そして、今の奇妙のできごとがなかったかのように歓迎会が始まったが、もちろんその歓迎会で僕は主役のようには扱われず、何の生産性もない会話で時間が過ぎ、扱いづらい新人が入ったという共通認識が生まれるだけの会となった。

 

そうして、僕の会社員生活は始まったのだった。